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「病は気から」の科学的研究

平成23年5月号

(社)生体制御学会

会長 中 村 弘 典

 

 平成19年8月まで「研究班紹介」と題して研究班の班長の先生より研究班の紹介を頂いておりましたが、9月より、メディアの医療情報の中で研究班に関係する記事がありましたら各班長にコメントを頂き、日頃の臨床に役立てて頂く目的で「生体調整機構制御学会NEWS」を発信させて頂きます。

 今回は『「病は気から」の科学的研究』と題して、生体調整機構制御学会研究部不定愁訴班班長の石神龍代先生に以下のように紹介して頂きました。

 

「病は気から」の科学的研究

 

生体制御学会研究部 不定愁訴班班長

石神 龍代

 

 よく「病は気から」という言葉を聞きます。最近、この言葉の意味の深淵さを考えさせられます。単に「気」と言いますが、その意味には、心、養生、生活習慣、価値観、つまり、人間の生き方そのものが含まれていると思います。

「人の健康は、養生の術を学び維持して実行すれば、身体壮健にして病むことなく、天寿を保ち長生きして長く楽しむことができる」という考え方が東洋医学の根本であります。

 近年、西洋医学においても、予防医学的観点からさまざまな科学的研究が行われています。

 最近の精神神経免疫学的研究により、疲労・睡眠不足などのストレスはわれわれの免疫機能を低下させ、身体的な健康状態に悪影響を及ぼすだけでなく、免疫系機能異常により免疫系のシグナルである炎症性サイトカインの血中濃度が上昇し、それが脳に作用して抑うつ状態が引き起こされ、精神的な健康状態にまでも悪影響を及ぼすことが明らかになっています。

 種々の心労や悲哀、抑うつ状態では、感染症、アレルギー疾患、自己免疫疾患、さらに癌の発生率が増加することが報告されています。

 配偶者の死後に残された片方の配偶者のリンパ球の反応性が2~8週間後に低下するとか、乳癌に罹患した妻をもつ夫を調べたところ、死別後のリンパ球幼若化能が著しく低下していたとか、試験ストレスによって末梢血リンパ球のPHA反応、インターフェロン産生能及びナチュラルキラー(NK)細胞活性が低下するなどの報告がなされています。

 ストレスと感染との関係については、心理社会的因子が感冒発症に及ぼす影響について、健常者を用いた臨床研究があります。あらかじめ被験者に対し、面接、質問紙法により、個々の心理特性、ライフイベントの有無について評価し、その後、感冒の原因ウイルスであるrhinovirusを点鼻し、発症の頻度、ウイルス分離、抗体の上昇などの疫学的研究を行った結果、発症と最も関連していたのは自覚的ストレスの強さであったということです。また、一カ月未満の比較的短期間のストレス状況に曝されていた例では、感冒の罹患率は低く、逆に持続的なストレス状況に曝されていたケースでは、罹患率が優位に高かったということです。

 また、ポジティブ感情と身体機能との関連に関する研究が着目されています。「陽気な心は健康を良くし、陰気な心は骨を枯らす」という言葉のように、昔から「うれしい」「幸せ」などといったポジティブな感情をよく喚起していると健康によい影響を及ぼすと信じられてきました。興味深いことに、こうしたポジティブ感情を普段からよく喚起している人たちは風邪をひきにくく健康であるということが最近報告されており、ポジティブ感情はわれわれのからだ、とくに細菌やウイルスの感染を防御するシステムである免疫系などに非常に有益な効果をもたらすことが示唆されています。

 さらに、「幸福感」が高い人々は急性ストレスが負荷されても交感神経系の過剰な活性化が抑えられ、身体に負荷があまりかからないことや、疾病率が低いことなども報告されています。

 一般にストレスは免疫機能に対して抑制的に作用するとされますが、短期間の急性ストレスは、慢性ストレスとは異なり、生体の免疫機能を賦活し、感染防御能を高める可能性が示唆されています。

 そのほかに、免疫機能を上昇させるものとして、鍼刺激、絶食療法、精神的サポート、笑うことなどが報告されています。

 当生体制御学会名誉会長の黒野保三先生は1980年から1988年までに「鍼刺激の生体免疫系に及ぼす影響」と題して第1報から第6報まで研究報告されています。

 鍼治療の診療に当たっては、黒野保三先生の言われる科学哲学者としての人間性により患者さんに寄り添って、心身共に統合的制御機構を活性化させる治療をさせていただきたいと思います。