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生体に及ぼす運動の効果

平成22年12月号

(社)生体制御学会

会長 中 村 弘 典

 

 平成19年8月まで「研究班紹介」と題して研究班の班長の先生より研究班の紹介を頂いておりましたが、9月より、メディアの医療情報の中で研究班に関係する記事がありましたら各班長にコメントを頂き、日頃の臨床に役立てて頂く目的で「生体制御学会NEWS」を発信させて頂きます。

 今回は『生体に及ぼす運動の効果』について、生体制御学会研究部疼痛疾患班班長の河瀬美之先生に以下のように解説して頂きました。

 

生体に及ぼす運動の効果

 

生体制御学会研究部疼痛疾患班

河 瀬 美 之

 

 走ったり、歩いたりすることで筋・骨格筋の強化や心肺機能の増強による脂肪代謝の向上により痩せられるといわれていますが、それだけの効果ではなく、生活習慣病の是正、脳の活性化が証明されつつあります。今回、運動の最新研究について、文献を紹介致します。

1. 脂肪代謝の向上・心肺機能の増強

 息切れがしたり動悸がするといった症状は運動不足によって毛細血管とミトコンドリアの数が減り、心臓のポンプ機能が低下したためだといわれている。また、加齢によって心肺能力と筋力は10年前に比較すると1割程度機能が低下するとされている。

 そこで、運動を継続して骨格筋に刺激を与えると、そこからPGC-1α(転写コアクティベータ)というたんぱく質が分泌され、主に遅筋線維でミトコンドリア(脂肪をエネルギーに変える器官)の数が増えてサイズも大きくなり、筋肉内の脂質代謝に必要な酸素を運ぶ毛細血管の密度も上がり、脂肪代謝の向上(持久力)・心肺機能の増強が起こってくる。

2.生活習慣病の改善

 運動により筋細胞由来の生理活性物質(総称してMyocytokineマイオサイトカイン)が筋活動に伴い放出されることが明らかとなった。これは免疫を司るインターロイキン6(IL-6)で各種のターゲット臓器に作用して糖代謝、脂質代謝、脳由来神経栄養因子などを活性化することが指摘されている。

1)メタボ予防

 脳以外の臓器や骨格筋に蓄積する異所性脂肪は内臓脂肪よりも悪く、日本人は皮下脂肪などに脂肪を溜め込む能力が低いため、余った脂肪が異所性脂肪となり、見た目で痩せていても生活習慣病に陥る可能性が高い。筋肉を動かさないと身体はエネルギーが必要ないと判断し、異所性脂肪となって身体に蓄積される。

2) 糖尿病改善

 筋肉細胞の中に糖を取り込むためにはインスリン受容体を介さなければならないが、筋肉の収縮を伴う運動によって分泌されるAMPキナーゼによって糖輸送体(GLUT4)が発動し糖を取り込むというルートがあることがわかり、運動によってインスリンとは別ルートで糖代謝を高めれば糖尿病の改善の一助となる可能性がある。

3)動脈硬化の改善

 血管を柔らかくして広げ、血流をスムーズにし、血栓の発生を予防する作用を持つ一酸化窒素(NO)は、鼻歌を歌えるぐらいの運動を継続することで増えることが明らかとなった。

4)脂質異常症の改善

 8週間以上の有酸素運動を行った結果、総コレステロール、LDLコレステロール、中性脂肪が減少した。40歳以上の年齢層ではLDLコレステロールが減った分、HDLコレステロールが増えている。

5)血圧値のコントロール

 最大酸素摂取量の70%以上の運動ではレニンやバソプレッシンが分泌されて血圧は上昇してしまうが、低強度の運動では血圧値が改善することが報告されている。

6)ガンと運動

 有酸素性の能力が高い人ほどガンによる死亡リスクは低くなることが報告されている。

3.脳の活性化

 京都大学の久保田競名誉教授はウォーキングからランニングというように運動のスピードで脳の働く部位が違うことを発見し、ペースアップをすると運動野に加え前運動野が働き、さらに前頭連合野が働き出す。前頭連合野は論理的な判断、将来の予測や計画を立てるといった人らしさを象徴する部位である。

 運動と脳の働きが活性化されるメカニズムについてはまだ解明されていないが、現在、運動によりBDNF(脳由来神経栄養因子)が増加することがわかった。この作用は神経細胞同士の信号のやり取りをスムーズにし、神経細胞分裂を促し、長期記憶を増強させたりといった働きがあり、記憶力がアップし、判断力や発想力が磨かれることになる。

 また、ランニングなどのリズミカルな運動により、脳内のセロトニン神経を活性化してセロトニンが作られる。セロトニンは自律神経のバランスを保ち不安や緊張を取り除く作用があり、走った後に爽快な状態になるだけでなく、うつ症状の改善にも有効である。

 認知症の発症率も運動をしているかしていないかで発症率が違うという報告もある。

 以上、ご紹介しましたように、ウォーキングやジョギングで脂肪代謝が上がり、心肺機能も改善されるとされています。また、生活習慣病の発症率も下がり、予防にもなり、脳の活性を促し、うつ状態を改善することも報告されています。このような身体的な変化は週2~3回、2ヶ月ほどで起こってくるといわれ、その方法は辛く苦しいランニングではなく、長続きするウォーキングやスロージョギングを取り入れば無理なく行えるものと思います。

 運動によるこれらの効果は当会名誉会長の黒野保三先生が証明されている鍼治療の効果と深い関係があるものと思われるので、鍼治療に運動を上手に取り入れた患者指導でその効果がさらに増強されるものと考えられます。それには、患者ひとりひとりの状態を的確に把握し、その人に応じた指導ができるようにしなければいけないと思います。

 

引用文献 

 森谷敏夫:更年期女性における運動と栄養の役割.

 更年期と加齢のヘルスケア8(1).12-20.2009.