平成22年11月号
(社)生体制御学会
会長 中 村 弘 典
平成19年8月まで「研究班紹介」と題して研究班の班長の先生より研究班の紹介を頂いておりましたが、9月より、メディアの医療情報の中で研究班に関係する記事がありましたら各班長にコメントを頂き、日頃の臨床に役立てて頂く目的で「生体制御学会NEWS」を発信させて頂きます。
今回は『消化管の不定愁訴に対する鍼灸診療』について、生体制御学会研究部不定愁訴班班長の石神龍代先生に以下のように解説して頂きました。
消化管の不定愁訴に対する鍼灸診療
生体制御学会研究部 不定愁訴班班長
石神 龍代
現代の日本は高度な情報社会・物質消費社会となり、様々なストレスにさらされる事が多くなっている。脳腸相関によって、そのストレスが胃や腸管に影響を及ぼし、日本人の20~30%が機能性消化管障害を起こしていると推定されている。
これらの患者さんが鍼灸治療を求めて来院されることが多いと思われるので、機能性消化管障害に対する出雲スケール質問表を作成された島根大学医学部内科学講座第二・教授木下芳一先生の文献の一部を紹介する。
『消化管に起因するのではないかと疑われる自覚症状が、慢性的にあるいは繰り返して出現するにもかかわらず、原因となる器質的な疾患を一般的な診察では発見できない病態を総称して、機能性消化管障害(FGIDs;functional gastrointestinal disorders)と呼んでいる。消化器疾患を専門とする医師は、癌や潰瘍などの器質的疾患を扱うことに慣れていたが、機能性疾患に対する理解は十分ではなく、当初、FGIDsを有する患者が訴える自覚症状は、原因の分からない症状「消化管の不定愁訴」としてまとめられた。その後、消化管の不定愁訴を分類し病態を明らかにしようと検討が行われ、「胸やけ」を中心とする非びらん性胃食道逆流症(NERD;non-erosive reflux disease)や機能性胸やけ(functional heartburn)、心窩部痛や胃もたれを主に訴える機能性胃腸症(FD;functional dyspepsia)、下腹部痛/不快感と便通異常を訴える過敏性腸症候群(IBS;irritable bowel syndrome)などに分類されている。
機能性消化管障害の患者1人が訴える症状は4~5症状に上り、また同一症状が変化なく1週間以上持続するのは70%を下回るとされている。症状が複雑に重なり合い、不安定に変化するのが「不定愁訴」と呼ばれる所以である。機能性消化管障害では症状が複数存在することが多いため、機能性胃腸症患者でも胸やけ、下痢などの症状が同時にあり、治療中に心窩部痛よりこれらの症状のほうが強くなって、患者のQOLを低下させるという現象も起こりうる。このように複数の症状が重複し、治療中に変動しやすい機能性消化管障害例では、治療を行っていくうえで症状がどのように重複し、どのように変動し、現在患者を悩ませている症状がどれであるかを把握しつつ、治療の選択や変更を行っていくことが重要となる。このような経過観察中、治療中の機能性消化管障害患者の症状と症状によるQOLの低下をリアルタイムで把握することを目的として、筆者らは「出雲スケール」という質問票を作成した。「出雲スケール」は、機能性消化管障害を有する日本人患者が高頻度に訴える症状15項目を中心に構成された自己記入式の質問票で、15の症状について「全く困らなかった」から「がまんできないくらい困った」までの困り具合(QOL)を6段階で記入するようになっている。15項目の症状は3項目ずつグループ化されており、「胸やけ」「心窩部痛」「胃もたれ」「便秘」「下痢」の5つのドメインに分けられている。
「出雲スケール」は症状の強さを計測するための質問票ではなく、「症状によって患者がどれくらい困っているか?」「合併する複数の症状のなかで患者を最も困らせている症状はどれか?」を判定するためのQOL評価票である。
機能性消化管障害では、患者と医師が治療経過中に共有することができるデータはほとんどない。そこで、「出雲スケール」を受診ごとに記入してもらい、この質問票の数字を共有データとして、患者と医師が一緒に機能性消化管障害の治療を行っていくことが大切であろうと考えられる。』1)
機能性消化管障害の患者さんが来院されたら、心身医学的な配慮を持って対応し、適切な鍼灸治療と共に、「健康チェック表」2)「出雲スケール」3)などの客観的スケールを利用して経過観察を行って、質の良い鍼灸診療を心がけていきたい。
文献
1) 木下芳一:出雲スケール質問票の効果的利用法.日医雑誌139(6).SF1-4.2010.
2) 黒野保三:不定愁訴に対する鍼治療の検討.東洋医学ペインクリニック,25(1・2):28-39.1995.
3) http://www.shimane-u-interna12.jp/156.html