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マタニティーブルーズについて

平成21年12月号

生体制御学会ホームページ委員長

河 瀬 美 之

 

 平成19年8月まで「研究班紹介」と題して研究班の班長の先生より研究班の紹介を頂いておりましたが、9月より、メディアの医療情報の中で研究班に関係する記事がありましたら各班長にコメントを頂き、日頃の臨床に役立てて頂く目的で「生体制御学会NEWS」を発信させて頂きます。

 今回は『マタニティーブルーズについて』について、生体制御学会研究部婦人科疾患班班長の鈴木裕明先生に以下のように解説して頂きました。。

 

 

マタニティーブルーズについて

 

生体制御学会研究部 婦人科疾患班班長

鈴木 裕明

 

 「自分が自分でないみたい」「主人に触れられるのもいや」この言葉は実際にマタニティーブルーズにかかった母親の言葉です。

 出産を無事終えて、これから新しい家族とともに過ごそうというときに、急に襲ってくる抑うつ感は本人だけではなく、その家族も不安にさせるものです。

 急激な気分の変化に困惑し自分は母親として失格なのではないか、そう考える母親は多数存在します。出産直後に起きる一過性のうつ状態(マタニティーブルーズ)は本邦での発症頻度は10~25%といわれています1)。

 主な症状は、涙もろさ、落胆あるいは軽度の憂鬱などがあり、その原因は妊娠末期に胎盤から多量に分泌されていた、エストロゲン、プロゲステロンの値が出産で胎盤が排出されたときに急激に下降することが関連しているとされています。

 症状自体は産褥3~5日から2週間以内に発現し、数時間から数日持続した後、自然消滅するので、疾患として取り扱わないことが多いのですが、マタニティーブルーズを経験しなかった産褥婦の産後うつ病に罹患する頻度は1.9%であったのに対し、マタニティーブルーズを経験した産褥婦の罹患頻度は14.3%と高い結果が出ています1)。

 また、抑うつ的な母親は言葉かけや肯定的な感情表出が少なかったり、過度に侵入的であったり、身体接触が少なく受動的などの報告が多くみられており、産後1年のときに抑うつだった母親の子供は、1歳半の時点で母親の愛着を測定したところ不安定型になっていたものが多く、4歳の時点での認知発達が劣るなど、母子相互関係さらに乳幼児の神経発達知能に関した短期間および長期間の影響が報告されていることからも、マタニティーブルーズを軽視しすぎてはいけないことがわかります2)。

 マタニティーブルーズを産後によくあることと周囲も本人も考えてしまうと、発見が遅れる危険性があります。我々は産褥期で起こりうる生理的変化の一つとして出産が近づいた妊娠後期の母親にマタニティーブルーズをあらかじめ紹介、説明しておくことにより実際に体験しても、不安を減少させることができます。早期発見、早期治療のために重要なことは、うつ状態なのかどうか鑑別診断することですが、睡眠障害、気力の低下、食欲不振、性欲減退、体重減少などの症状は、産後の身体的変化あるいは(健常な母親でも感じるような)育児のストレスでもしばしばみられるため、鑑別が難しく、正しい知識を身につける必要があります3)。

 鍼灸治療では身体的な症状の緩和に加え、患者の不安を和らげる精神的なサポートとして適切なアドバイスをすることが早期治療に役立ちます。

 診療の現場において、鍼灸で身体的な苦痛を取ることも大切ですが、精神的なサポートとしてわれわれ鍼灸師が必要とされることも少なくありません。

 産後のマタニティーブルーズについても、より知識を深め、患者に対して適切なアドバイスが出来得る様になることが今後の課題だと考えます。

 

参考文献

1)後藤節子:マタニティーブルーズ;産婦人科治療96増刊.373~378.2008-4.  

2)金子一史:親の精神状態が早期発育に及ぼす影響;精神治療学24-5.569~574.2009-5. 

3)岡野禎治:産褥期のうつ病と心身症のケア;産婦人科治療96増刊.369~371.2008-4.