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糖尿病発症と生体調整機構の関わり

平成21年7月号

生体制御学会ホームページ委員長

河 瀬 美 之

 

 平成19年8月まで「研究班紹介」と題して研究班の班長の先生より研究班の紹介を頂いておりましたが、9月より、メディアの医療情報の中で研究班に関係する記事がありましたら各班長にコメントを頂き、日頃の臨床に役立てて頂く目的で「生体制御学会NEWS」を発信させて頂きます。

 今回は『糖尿病発症と生体調整機構の関わり』と題して、生体制御学会 生活習慣病班班長の中村弘典先生に以下のように解説して頂きました。

 

 

糖尿病発症と生体調整機構の関わり

 

生体制御学会 生活習慣病班班長

中村 弘典

 

 糖尿病発症に重要な関わりのあるランゲルハンス島(膵島)は、刻々と変わる血液中のグルコース濃度を感知して、それに見合ったインスリンとグルカゴンを分泌することによって、血糖値における生体調整機構の維持に中心的な役割を果たしています。

 近年、糖尿病の発症機構において、慢性的な小胞体の過剰なストレス応答がインスリン産生細胞である膵β細胞のアポトーシスを引き起こすことが報告されています。

 今回は、糖尿病発症の原因とも言える小胞体ストレスについて浦野文彦先生の文献を基に紹介させて頂きます。

 

1)小胞体におけるタンパク質の恒常性

 膵臓ランゲルハンス島などの細胞が有するタンパク質分泌機能を正常に保つためには、分泌されたタンパク質が正常に折りたたまれることと、異常な折りたたみ構造となってしまったタンパク質を除去・分解する機構が必要であります。これら、2つの作業は共に小胞体内で行われますが、そこにはタンパク質の恒常性を維持するための調節機構(細胞内情報伝達経路)が存在しています。また、異常な折りたたみ構造のタンパク質が小胞体内に蓄積することは小胞体ストレス(ERstress)と呼ばれています。

 そして、タンパク質の恒常性を維持する調節機構は、小胞体ストレスに対する細胞の生理応答と考えられており、この調節機構の活性化は小胞体内の異常な折りたたみ構造(もしくは、折りたたまれていない)のタンパク質の量に比例するため、この反応は小胞体ストレス応答(unfolded protein response:UPR)と称されています。

 このように、細胞が小胞体ストレスにさらされたとしても、小胞体ストレス応答が正常に機能していれば(4つの小胞体ストレス応答:(概念図))、細胞は小胞体ストレスによる障害を回避することができます。しかし、小胞体ストレス応答が機能せず、アポトーシスに関わる因子が活性化した場合には、細胞は不可逆な障害を受けて死に至ります。

 適応反応である小胞体ストレス応答は、下流のターゲット分子であるアポトーシス促進分子とアポトーシス阻害分子の正常なバランスを維持する必要があります。

 

 

(概念図)小胞体が関わる細胞内の恒常性維持
(概念図)小胞体が関わる細胞内の恒常性維持

 

2)小胞体ストレスと糖尿病の関連性

 インスリンを生成する膵臓ランゲルハンス島のβ細胞では、タンパク質の分泌が盛んであり、オーバーワークの状態にあるため、この細胞における小胞体ストレス応答のシステムは正常な機能の維持と細胞の生存に非常に重要であると言われています。

 近年、小胞体ストレス応答システムが欠如した実験動物が開発され、糖尿病の病態生理学に関する分子レベルおよび細胞レベルにおける興味深い知見が報告されており、これらの実験動物の膵β細胞では、重篤な小胞体ストレスが生じており、小胞体ストレス応答システムの調節機構が「恒常性維持」の方向性から「アポトーシス促進」の方向性に移っていたことが解明され、2型糖尿病発症や悪化の根底にある要因と思われます。

 このように、小胞体ストレスおよび小胞体ストレス応答システムが2型糖尿病の発症と関係している可能性が高く、小胞体ストレス応答システムは治療目的の新たなターゲットとなりうると考えられます。

 

 今回、糖尿病発症の原因とも言える小胞体ストレスに対する細胞の生理応答と考えられている調節機構について、浦野文彦先生の文献を紹介させて頂きました。

 日頃から、黒野保三先生が提唱されているように、鍼治療は生体の調節機構を制御するそのものであることから、糖尿病の生活指導に加え、生体機構制御療法(太極療法:黒野式全身調整基本穴)を目的とした鍼治療を併用することが、ストレスにさらされて発症した糖尿病のコントロール状態を良好に保つ最良の手段であると思われます。

 

引用文献

1)浦野文彦,David Ron:小胞体におけるタンパク質の恒常性.実験医学.Vol.27No.4.482-487,2009

 

2)FerozR.Papa:小胞体ストレスシグナルと糖尿病の関連性.実験医学.Vol.27No.4.488-497,2009