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子宮内膜症と免疫

平成21年5月号

生体制御学会ホームページ委員長

河 瀬 美 之

 

 平成19年8月まで「研究班紹介」と題して研究班の班長の先生より研究班の紹介を頂いておりましたが、9月より、メディアの医療情報の中で研究班に関係する記事がありましたら各班長にコメントを頂き、日頃の臨床に役立てて頂く目的で「生体制御学会NEWS」を発信させて頂きます。

 今回は『子宮内膜症と免疫』について、生体制御学会研究部婦人科疾患班班長の鈴木裕明先生に以下のように解説して頂きました。

 

 

子宮内膜症と免疫

 

生体制御学会研究部 婦人科疾患班班長

鈴木 裕明

 

 皆さんは子宮内膜症という疾患をご存知でしょうか。子宮内膜症とは子宮内膜の組織が子宮内腔以外に発生し増殖する疾患で、生殖年齢にある女性の約10%に発生し、月経痛と不妊症を惹き起こし女性のQOLを著しく損なわせる疾患です。卵巣チョコレート嚢胞や子宮腺筋症も子宮内膜症の一種です。子宮内膜症の発生機序は子宮内膜移植説(Sampson, 1927)と体腔上皮化生説(Mayer, 1919)が有力ですが、詳細は不明とされています。未だに不明な点が多い疾患ですが、その発症原因として近年注目されているのが子宮内膜症と免疫の関係であり、2006年に大阪で開催された第51回日本生殖医学会では「子宮内膜症の免疫」をシンポジウムとして大きく取り上げている程です。

 先にあげた子宮内膜移植説というのは、月経時の出血が逆流して腹腔内に貯留し、その貯留液に含まれた内膜細胞が増殖するとする考えです。しかしながら、ここで疑問が残るのは、ほぼすべての女性に月経血の逆流が存在するのに対して、一部の女性においてのみ内膜細胞が増殖し、なぜすべての女性に子宮内膜症は発生しないのかということです。

 この疑問に対する答えが細胞免疫能の低下なのです。細胞免疫とはnatural killer(NK)細胞と腹腔マクロファージで、これらの細胞の抗原処理能低下が子宮内膜症の発症と増悪に関与していると考えられています。近年、子宮内膜症の頻度は増加しており、その理由として女性の晩婚化と出産年齢の高齢化、妊娠・分娩回数の減少に伴う月経回数の増加などが考えられます。そして、頭脳労働や精神労働に伴う過剰なストレスが自律神経系を介して免疫能を低下させることも関与していると思われます。

 鍼灸治療は疼痛管理において非常に効果的であり、さらに子宮内膜症の発生原因の一因であるストレスに対して大きな力を発揮し、月経痛・下腹部痛を軽減することはもちろん、子宮内膜症の増悪を防ぐことも期待できます。詳しくは生体調整機構制御学会不定愁訴班および婦人科疾患班の研究をご参照いただくか、定例講習会や各研究班に参加されることで不定愁訴ならびに婦人科疾患と鍼灸についてより深い理解を得られるものと思います。さらに、鍼刺激が免疫と関係があることは生体調整機構制御学会代表理事の黒野保三先生が1980年から8年間にわたり6報もの論文にてご報告されているとおりです。

 鍼灸治療は神経―内分泌―免疫と深い関係があり、生体の調整機構に関与していることが明らかとなっています。このような研究を踏まえ日々の臨床に役立てていくことが治療の質を向上させ、鍼灸治療の活躍の場を広げることにつながり、ひいては鍼灸界の活性化につながるものと信じております。鍼灸治療の大いなる可能性に期待しましょう。

 

文 献

・シンポジウム4・「子宮内膜症の免疫」:

  日本生殖医学会雑誌第51巻4号,103-106.2006

・女性性器の構造と疾患・子宮内膜症:

  標準産科婦人科学,144-149,医学書院.2000

・不妊因子の種類と診断・子宮内膜症:

  生殖医療ガイドライン,70-73.2007

・鍼刺激の人体免疫系に及ぼす影響(1):

  日本鍼灸治療学会誌29巻2号,22-27.1980

・鍼刺激の生体免疫系に及ぼす影響(2):

  自律神経雑誌27巻1号,235-238.1980

・鍼刺激のヒト免疫反応系に与える影響(3):

  全日本鍼灸学会雑誌33巻1号,12-17.1983

・鍼刺激のヒト免疫反応系に与える影響(4):

  全日本鍼灸学会雑誌34巻1号,23-27.1984

・鍼刺激のヒト免疫反応系に与える影響(5):

  全日本鍼灸学会雑誌36巻2号,95-101.1986

・鍼刺激のヒト免疫反応系に与える影響(6):

  全日本鍼灸学会雑誌38巻4号,386-391.1988