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ストレス応答と神経免疫内分泌学

平成20年3月号

生体制御学会ホームページ委員長

河 瀬 美 之

 

 平成19年8月まで「研究班紹介」と題して研究班の班長の先生より研究班の紹介を頂いておりましたが、9月より、メディアの医療情報の中で研究班に関係する記事がありましたら各班長にコメントを頂き、日頃の臨床に役立てて頂く目的で「生体制御学会NEWS」を発信させて頂きます。

 今回は『ストレス応答と神経免疫内分泌学』と題して、生体制御学会不定愁訴班班長の石神龍代先生に以下のように解説して頂きました。

 

ストレス応答と神経免疫内分泌学

 

生体制御学会研究部 不定愁訴班班長

石神 龍代

 

 今日の社会情勢は、さまざまな問題の山積で、私たちの健康の上に大きなストレスとしてのしかかかってきています。その結果、種々の不定愁訴が生じ、うつ病など、難治性のさまざまな疾病が多発し、人々を苦しめています。

 このような状況下にあって、私たちに本来備わっているホメオスタシス系を鼓舞する、生体の統合的制御機構の活性化をはかる鍼灸治療の、一次予防・二次予防・三次予防において果たす役割は大きいと思われます。

 今回は鍼灸治療の治効メカニズムの一端と思われる九州大学大学院医学研究院心身医学教授久保千春先生の「ストレス応答と神経免疫内分泌学」の文献の一部を紹介します。

「近年の脳科学、免疫学、分子生物学などの進歩によって、ストレスと生体反応を解明する精神神経内分泌免疫学が発展してきている。内的・外的ストレスに対して内部環境の恒常性を維持する上で、神経、内分泌、免疫のホメオスタシス系は情報伝達の仕組みを共有して総合的に生体調節系として働いている。

 近年の神経科学、分子生物学の進歩により、神経系細胞は、それまで免疫系の情報伝達物質と考えられていたサイトカインを合成、分泌するのみならず、その受容体も備えていることがわかった。同様に、免疫系細胞は、神経伝達物質やホルモンを放出するとともにそれらに対する受容体を持っていることが証明されるに至り、内分泌、免疫、神経系が共通の情報伝達物質、受容体を介し、相互に綿密なネットワークを形成していることが明らかとなった。

 心理的なストレスが中枢神経系を介して内分泌系を動かし、副腎皮質ホルモンの分泌を促進し、それが免疫系の機能を抑制することはよく知られている。

 免疫系の各組織(胸腺、骨髄、脾、リンパ節)は交感神経および副交感神経の支配を受けている。その組織形態像から自律神経は血管を介し、リンパ組織の微小循環を調節するばかりでなく、リンパ球にも直接作用している可能性の指摘がある。

 また、多くの神経ペプチドに対する特異的レセプターが免疫担当細胞上に存在すること、リンパ球が種々の神経ペプチドを産生することが明らかになっている。このように神経ペプチドが免疫系内の調節物質、伝達物質としての役割を担っている。

 サイトカインは、ウイルスや細菌感染、抗原結合時やマイトゲンによる刺激時にリンパ球やマクロファージなどの免疫細胞から分泌され、免疫調節や炎症反応にかかわっている。また、サイトカインは単に免疫細胞のみでなく生体の種々の細胞で産生され、他のサイトカインの産生や作用に影響し、サイトカイン間の複雑なネットワークを形づくっている。さらには神経内分泌系の調節因子としてそれぞれ種々の作用を有している。

 また、多くのサイトカインが脳内でも産生されることが近年報告されている。すなわち、サイトカインも脳内の伝達物質として関与していると考えられている。

 ストレス刺激は、大脳皮質、辺縁系あるいは脳幹部からセロトニンやアセチルコリンなどの神経伝達物質を放出させ、視床下部、下垂体を介し、内分泌系を賦活化させ、免疫系に影響を与えるとともに、ストレス刺激は脳幹を刺激し、交感神経系を興奮させ、免疫器官系にある神経末端からノルアドレナリンやニューロペプチドYなどの神経ペプチドを放出させ、免疫系を変化させる。また、免疫系からのサイトカインは末梢組織より血中に放出され、神経内分泌系の調節因子として種々の作用を有している。」

 

引用文献

久保千春:ストレス応答と神経免疫系内分泌学.医学のあゆみ.2005;212(13):1111-1114.