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空腹時血糖値の正常域に関する新区分について

平成20年12月号

生体制御学会ホームページ委員長

河 瀬 美 之

 

 平成19年8月まで「研究班紹介」と題して研究班の班長の先生より研究班の紹介を頂いておりましたが、9月より、メディアの医療情報の中で研究班に関係する記事がありましたら各班長にコメントを頂き、日頃の臨床に役立てて頂く目的で「生体制御学会NEWS」を発信させて頂きます。

 今回は『空腹時血糖値の正常域に関する新区分について』と題して、生体制御学会研究部生活習慣病班班長の中村弘典先生に以下のように解説して頂きました。

 

空腹時血糖値の正常域に関する新区分について

 

生体制御学会研究部 生活習慣病班班長

中村 弘典

 

 近年、空腹時血糖値の正常域と境界域を区分する新基準がADA(米国糖尿病学会)、IDF(国際糖尿病連合)などで発表され、何れも110mg/dl から100mg/dlと引き下げられることとなった。しかし、境界域であっても安易に病名を付けることは、患者にとって精神的な負担となるなど、多くの問題点があることから、空腹時血糖値の正常域と境界域の区分についての日本糖尿病学会診断検討委員会の報告を紹介したい。

 

・空腹時血糖値の正常域に関して検討を行うに至った理由

 国際的動向として、空腹時血糖値の正常域と境界域を区分するADAの新基準、メタボリックシンドロームに関するIDFの基準、厚生労働省の空腹時血糖値に関する基準値が、何れも100mg/dlとなり、日本では2008年4月に始まった「特定健康診査」でもこの基準が利用されている。

 一方でヨーロッパ(EDEG:European Diabetes Epidemiology Group)は、正常域と境界域を110mg/dl から100mg/dlに下げるのは、現時点では根拠が十分ではないこと、この変更により2~5倍程度増加するIGT(耐糖能障害)にどう対応するかについて検討されていないことから、当面は110mg/dlのままにすることを提言した。そして、WHOはこの立場に立ち、基準値をこれまでの110mg/dlとしている。

 このような動向を踏まえ、我が国としても最新のエビデンスに基づいた検討が必要と考えられた。尚、我が国の空腹時血糖値の正常域の110mg/dlは、110mg/dl未満のものは長期追跡しても顕性糖尿病の発症を殆んど認めないという、我が国の成績に基づいて定められていた。

 

・従来の基準値110mg/dlを100mg/dlに改訂した場合のメリットとデメリット

 船形町研究や広島原爆障害対策協議会管理センター研究などの新しいデーターによれば、我が国においても空腹時血糖値が110mg/dl未満であっても、100mg/dl以上の場合は、100mg/dl未満のものに比べて糖尿病への移行率が有意に高く、集団によって若干の違いはあるものの、OGTT(経口ブドウ糖負荷試験)を行えば、空腹時血糖値が100~109mg/dlのもののうち25~40%が境界型や糖尿病型に属するので、110mg/dlを100mg/dlに引き下げることによって、これらを見逃す可能性を低下させることができる。そして、空腹時血糖値100mg/dlは、OGTT境界型の2時間値の下限である140mg/dlにほぼ対応する値であると報告されている。

 

・空腹時血糖値100~110mg/dlを正常域ではあるが、正常高値とした理由

 空腹時血糖値100~109mg/dlの領域は、将来の糖尿病への移行やOGTT時の耐糖能障害の有無や程度からみて多様な集団である。したがって、現時点では空腹時血糖値が100~109mg/dlのものを一律に境界域あるいは、空腹時血糖値99mg/dl以下と同一の正常域として取り扱うべきでなく、正常域の中で正常高値とするのが適切であるとした(Fig1)。

 この集団については、OGTTを行うことにより、正常型・境界型・糖尿病型の何れに属するかを判定することが勧められる。そして、OGTTが行われるまでは、正常高値として観察し、個々の症例の病態や経過に応じて、適切な生活習慣の指導や肥満の是正などが行われるべきであるとされた。

日本糖尿病学会糖尿病診断基準

日本糖尿病学会糖尿病診断基準検討委員会報告引用

 

 以上、空腹時血糖値の正常域に関する新区分について紹介させて頂きましたが、正常高値を示す患者の取り扱いについては、薬物投与を開始するよりも生活習慣の改善が最も重要であります。

 

 生活習慣病班では、顧問の黒野保三先生のご指導により、これまでに糖尿病に対する鍼治療の基礎的・臨床的研究を報告してきています。これらの結果から、生体の統合的制御機構の活性化を目的とした生体機構制御療法(太極療法:黒野式全身調整基本穴)としての鍼治療と、生活指導を併用することは、糖尿病の予防、治療に役立つものと思います。

 

引用文献:日本糖尿病学会診断基準検討委員会.糖尿病51巻(3)281~283.2008